09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

【西ローマ】グランドキャンペーン第13夜 

先にコンスタンティノポリスへ入場したのは
ペルシャ連合軍の先鋒アルダン王国軍であった。

しかし、数日の後
遅れてコンスタンティノポリスへ辿り着いたローマ帝国軍は
未だ占領体制の整わぬアルダン王国軍を陸海から攻撃

20160711014614_1.jpg

ローマ軍海兵が港への上陸を開始すると
アルダン軍守備隊は降伏し
第二のローマは再びローマ帝国の手に戻った。
軍団は市民から歓喜をもって迎えられた。

20160711184941_1.jpg

この美しき都は約100年の間に、東ローマ帝国からダキア
ペルシャの同盟者アルダン王国
そして西ローマ帝国へと支配者が移り変わる中でも
その輝きを失うことはなく、
東方世界への入口であり、
戦略的要衝であると同時に東西交易の中心であり続けた。

ローマ帝国にとって
ローマとコンスタンティノポリス

この二つの都市を所有するということは、
分裂した帝国が再び一つになったことを意味していた。

AD466年冬
帝国の再統一を成し遂げた皇帝セルウィウス・ファビウス・ルクルスは
エジプト遠征の為、アフリカに戻ったが
北アフリカの都市マコマデスで病に倒れ、偉大なるその生涯を終えた。

20160717005035_1.jpg

category: Total War: ATTILA

thread: ゲーム

janre: ゲーム

Posted on 2016/08/20 Sat. 21:24  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第12夜 

サーサーン朝ペルシャ帝国

20160514001917_1.jpg


大国パルティアを滅ぼしたその帝国は
アケメネス朝ペルシャの再興を掲げ

東方の数多の小王国を従え
または同盟によって
着実にその勢力圏を広めてきた。

4世紀末から5世紀初頭
フン族の侵入によって
東ローマ帝国が弱体化すると

小アジアのポントス
シリアのパルミュラ
そしてエジプトといった旧王国群が次々と独立を宣言したが

サーサーン朝を中心としたペルシャ連合軍は
独立間もないそれらの国々に攻め入り
滅ぼした。

以来シリア、エジプトといった豊かな地方はサーサーン朝が
小アジアやアラビア半島などは同盟国によって統治されていたが

ローマ帝国のバルカン半島侵攻によって
小アジアの西半分を支配する
ダキア、マケドニアが弱体化すると

ペルシャ連合軍は直ちに西方に向けて進軍を開始
小アジアの西半分を掠め取った。

東西大国から挟撃される形となったダキア、マケドニアは為す術もなく崩壊

東進するローマ帝国軍と
西進するペルシャ連合軍は
コンスタンティノポリスで衝突した。

20160711015227_1.jpg

category: Total War: ATTILA

thread: ゲーム

janre: ゲーム

Posted on 2016/08/06 Sat. 18:46  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第11夜 

バルカン半島南部ペロポネソス地方へ上陸したローマ軍団は
コリントスを橋頭堡として
バルカン半島攻略に着手した。

ダルマチア、パンノニア方面の
イリュリア軍とゴート族は
イタリア方面とギリシャ方面のローマ軍から挟撃される形となった。

またアドリア海からは艦隊が侵攻し
ゴート族の最大拠点である港湾都市サロナにはローマ軍兵器船団から発射された炎弾が降り注いだ。

20160727224826_1.jpg

それはまるでソドムとゴモラを焼き尽くした審判の炎のようであった。


窮地に立たされたゴート族はローマ軍団の包囲網を突破し
パンノニアのイリュリア軍と合流すべく
都市を棄ててディナル・アルプスの麓に集結
アクイレイアからシスキアへ進出していたローマ軍部隊との間で激しい戦闘となった。

勇猛なゲルマン人は一般的に
都市に籠城して戦うよりも会戦で雌雄を決することを好む。
それはこの時期、比較的ローマ化されていたゴート族とて例外ではなかった。

20160727230028_1.jpg

彼らは剣、斧、槍を手に雄叫びを上げ
ローマ軍団の戦列に果敢に突撃を繰り返したが
堅牢なるテストゥードの壁を破ることはついに叶わなかった。

ゴート族の後ろ盾を失ったパンノニアのイリュリア軍は降伏
この戦いでローマ帝国はバルカン半島西部ダルマチア、パンノニアを奪還した。

"第二のローマ"コンスタンティノポリスへの道は開かれた。
皇帝ルクルス率いるローマ軍団は
バルカン半島東部を支配するマケドニア軍・ダキア軍を討伐すべく
トラキア方面への進軍を開始した。

しかし時を同じくして
第二のローマを手に入れるべく東方の帝国が動き出していた。

category: ArcheAge

thread: ゲーム

janre: ゲーム

Posted on 2016/07/27 Wed. 23:15  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第10夜 

ギリシャ
オリュンポスの古き神々の住まう地

かつてローマ人は
数多の英雄と賢者を生んだこの地を征服した。

しかし数百年の時を経て

ローマ帝国が東西に分裂すると
その混乱に乗じ
ダキア人、マケドニア人が旧王国の再興を掲げて独立を宣言
バルカン半島東部へ侵攻し、支配した。

一方、バルカン半島西部ダルマチアやパンノニアは
ゴート族・イリュリア軍の支配下にあった。

ゴート族、イリュリア軍、ダキア軍、マケドニア軍

これら4つの勢力は同盟を結び、ローマ帝国に剣を向けたが
フン族の侵入によってバルカン半島全土が荒廃
戦争継続が困難になった為
一度は和平が結ばれた。

しかし大王アッティラの死によってフン族が弱体化すると
彼らは再びローマに向けて進軍を開始した。

20160620231043_1.jpg


属州ウェネティア、要塞都市アクイレイアは
ローマ帝国の盾となり
東方から襲来するゴート族やイリュリア軍の攻撃を
幾度も弾き返したが

特にゴート族の攻勢は凄まじく
一度撤退してもすぐに大軍を引き連れて押し寄せた為
戦線はアクイレイア近郊で膠着していた。

属州アフリカを奪還した征服帝ルクルスの次なる目標は
偉大な歴史を持つギリシャの都市群
そして
"第二のローマ"
コンスタンティノポリスを奪還することにあった。

この時既にローマ海軍は
強力な4つの艦隊を保有しており

ダキア、マケドニア艦隊からイオニア海の制海権を奪うことに成功していた為
激戦地となっているダルマチア、パンノニアを避けて
海路からの侵攻が計画された。

20160718175356_1.jpg

AD450年冬
ローマ艦隊と上陸部隊は
ペロポネソス地方コリントスへ侵攻
瞬く間にこれを占領した。

category: Total War: ATTILA

thread: ゲーム

janre: ゲーム

Posted on 2016/07/24 Sun. 15:42  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第9夜 

AD446年冬
皇帝ルクルス率いるローマ軍団は
アフリカへ退いたガエトゥリ族、マウリ族を追ってジブラルタルを渡った。

未だヒスパニアに潜むスエビ族討伐に軍を割いた為
アフリカ遠征軍は寡兵ではあったが
士気は高く

ティンギス
カエサレア
コンスタンティナ
ハドルメントゥム
カルタゴ
といった沿岸都市群を瞬く間に攻略した。

それはまるで、かつて名将ハンニバルを破った大スキピオの再来であった。

20160716232707_1.jpg

448年春
ローマ人は600年前と同じように
属州マウレタニア、そして属州アフリカを征服した。

しかしながら、最大都市カルタゴの陥落をもってしても
砂漠の民を殲滅するには至らなかった。

彼らは灼熱のサハラ砂漠を縦横無尽に移動し
この天然の要害の奥深くにあるオアシス都市へ逃げ帰った。

砂漠は人の命を、そして夢を飲み込む。
ローマ人は追撃を断念し、都市に防壁を築いた。

ヒスパニア全域、そして属州マウレタニア・アフリカを奪還した西ローマ帝国は
この時点で最大領域の半分以上を回復したと言える。

20160628235758_1.jpg

だが征服帝ルクルスは更なる栄光を求めた。
次に彼が目を向けたのは、神々の住まう地ギリシャであった。

category: Total War: ATTILA

thread: ゲーム

janre: ゲーム

Posted on 2016/07/16 Sat. 23:35  edit  |  tb: 0   cm: 0