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【西ローマ】グランドキャンペーン第9夜 

AD446年冬
皇帝ルクルス率いるローマ軍団は
アフリカへ退いたガエトゥリ族、マウリ族を追ってジブラルタルを渡った。

未だヒスパニアに潜むスエビ族討伐に軍を割いた為
アフリカ遠征軍は寡兵ではあったが
士気は高く

ティンギス
カエサレア
コンスタンティナ
ハドルメントゥム
カルタゴ
といった沿岸都市群を瞬く間に攻略した。

それはまるで、かつて名将ハンニバルを破った大スキピオの再来であった。

20160716232707_1.jpg

448年春
ローマ人は600年前と同じように
属州マウレタニア、そして属州アフリカを征服した。

しかしながら、最大都市カルタゴの陥落をもってしても
砂漠の民を殲滅するには至らなかった。

彼らは灼熱のサハラ砂漠を縦横無尽に移動し
この天然の要害の奥深くにあるオアシス都市へ逃げ帰った。

砂漠は人の命を、そして夢を飲み込む。
ローマ人は追撃を断念し、都市に防壁を築いた。

ヒスパニア全域、そして属州マウレタニア・アフリカを奪還した西ローマ帝国は
この時点で最大領域の半分以上を回復したと言える。

20160628235758_1.jpg

だが征服帝ルクルスは更なる栄光を求めた。
次に彼が目を向けたのは、神々の住まう地ギリシャであった。

category: Total War: ATTILA

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janre: ゲーム

Posted on 2016/07/16 Sat. 23:35  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第8夜 

新たに組織された海軍は
練度こそ未熟であったが

それでも海賊紛いの海軍しか持たない蛮族や、
海に慣れない砂漠の民を相手にするには
十分であった。

陸と海からの攻撃によって
残るヒスパニアの敵都市は次々に陥落。

20160628234702_1.jpg

AD445年
ローマ軍団はついにジブラルタルに到達
ヒスパニアの再征服を成し遂げた。

敵対部族のうち
ガエトゥリ族、マウリ族をアフリカへ押し戻すことには成功したが
ゲルマン民族最強と謳われたこともあるスエビ族の抵抗は頑強であり
全ての拠点を失って尚
山野に潜んで町や街道を襲撃し続けた。

ローマ軍団は北アフリカの属州奪還に向け
そのまま南進を続けたが
後方を脅かすスエビ族討伐の為に軍を割かねばならず
アフリカ遠征は計画の7割程度の戦力で進めざるを得なかった。

スエビ族をヒスパニアから完全に排除するのに
更に10年の歳月を要した。


一方その頃
東では大きな変化が起きていた。

20160626191212_1.jpg

魔王死す。

"神の災い"と呼ばれたフン族の王アッティラは
若く美しいイルディコとの婚礼を祝う宴の最中に
謎の死を遂げた。

そして征服と略奪で得た数多くの財宝と共に何処かへ葬られた。
埋葬に携わった人々は秘密を守るために悉く殺された。

category: Total War: ATTILA

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janre: ゲーム

Posted on 2016/07/11 Mon. 17:45  edit  |  tb: 0   cm: 2  

【西ローマ】グランドキャンペーン第7夜 

20160621234151_1.jpg

ローマ皇帝を継承したのは、ホノリウスが長子
セルウィウス・ファビウス・ルクルスであった。

ルクルスは動揺した帝国内を掌握する為
ヒスパニアに最低限の戦力を残して急遽

元老院のある古都ローマ
そして政庁のある首都メディオラヌムへ帰還
即位を宣言した。

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一方その頃
ヒスパニアではスエビ族・ガエトゥリ族・マウリ族の連合軍が勢力を盛り返し始めていた。

ルクルスはすぐにヒスパニアに軍を返したが
既に敵都市には強固な防壁が築かれ
ヒスパニアに投入された陸軍戦力だけでは
これ以上の進撃は不可能であった。

海軍の再建が
新皇帝ルクルスの最初の事業となった。

当時、西ローマ帝国には
各都市の港に小規模の警備艦隊は存在したが
海軍と呼べるほど組織化された
艦隊は存在しなかった。

かつてローマは強大な海軍国カルタゴとの戦役に於いて
大規模な海軍を作り上げた。

しかし
地中海世界を統一してからは海軍の存在意義そのものが希薄となり
時代と共にかつての軍港は商業港や漁港へと姿を変えていたのである。

只、時代を経ても
かつて僅かな期間で大艦隊を作り上げた偉大な技術が失われたわけではなく

タレントゥムに造船所を建造後
一年足らずの間に

敵船への接舷又は上陸作戦を行う重装歩兵船団
バリスタと弓兵により船上から矢を浴びせかける散兵船団
搭載された投石機により敵船や防御施設を破壊する兵器船団
からなる一大艦隊が地中海に復活した。

20160708231707_1.jpg

かつてのローマの栄光が再現されようとしていた。

category: Total War: ATTILA

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janre: ゲーム

Posted on 2016/07/09 Sat. 00:19  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第6夜 

ヒスパニアは、
ゲルマニアからローマ帝国領内を縦断して侵入したスエビ族が東部を

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東西分裂後の混乱に乗じて
アフリカから北上した砂漠の民である
ガエトゥリ族
マウリ族が西部を

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それら異民族の侵入に際して
ヒスパニアを棄ててガリアへと撤退したローマ軍団に対する怒りから
反乱を起こした元属州民の国家
「ヒスパニア」が北部を支配し

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ローマ帝国を共通の敵として互いに同盟を結んでいた。


425年春

皇帝ホノリウス率いるローマ帝国軍は
再びヒスパニアを征服すべく
まだ雪の残るピレネーを越えた。

作戦には皇帝直属の第4軍団他
計6個軍団が投入された。

東西分裂以来
最大の作戦であった。

長き辛苦の中で鍛え上げられた
精強なるローマ軍団の猛攻は凄まじく
僅か1年で属州タラコネンシスを奪還
反逆者ヒスパニアを滅ぼした。

その後も軍団は南進を続け
激戦の末
432年にはパルマを
435年には要衝カルタゴ・ノウァを攻略

しかし
順調に思われた進撃はそこで頓挫した。

ローマ皇帝フラウィウス・ホノリウス・アウグストゥス崩御

20160621234143_1.jpg

即位直後は世間知らずの若輩と侮られたが
半蛮族の名将スティリコの補佐により
壊滅の危機にあったローマ軍団を再編

自らも軍団を率いて国境の援軍に駆け回った。

スティリコ亡き後も国土防衛と
失地回復に尽力

アルゲントラトゥムを奪還し
属州マキシマ・セクアノルムを統一
晩年も戦場に立ち続け
ヒスパニアの東半分を回復した。

偉大なる皇帝の死により、
帝国内に動揺が生じた。

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janre: ゲーム

Posted on 2016/07/03 Sun. 17:12  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第5夜 

フン族
草原の彼方より
冬の訪れと共に現れた謎多き民

その王にアッティラが選ばれた。

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「神の災い」「大王」の移動する帝国は
富と血を求め

小アジアを焦土にし
その後、東欧を蹂躙した。

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多くの都市が破壊され
多くの血が流された。

世界にとっての災厄は
東ローマを混乱に陥れ
それは滅亡への引き金となったが

逆に西ローマにとっては幸運の使者となった。

東欧に跳梁跋扈する新興勢力
イリュリア
マケドニア
ダキア
東西ゴート族は互いに連合し

西ローマ帝国東部戦線を苦しめたが
フン族の襲来によって
背後を突かれる形となり

ローマへの野心を捨てて
剣を置かざるを得なくなった。

ローマ皇帝ホノリウスはアッティラに使者を送った。

世界を敵に回した古き帝国と
世界を破壊せんとする新しき帝国

使者は思いの外歓迎された。

ローマの使者がアッティラに対し
金を差し出すと
その場で不可侵の約定が結ばれた。

東部戦線に束の間の平和が訪れると
皇帝は軍を西方へと向けた。
ヒスパニア再征服の始まりであった。

category: Total War: ATTILA

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janre: ゲーム

Posted on 2016/06/26 Sun. 21:37  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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