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【西ローマ】グランドキャンペーン第5夜 

フン族
草原の彼方より
冬の訪れと共に現れた謎多き民

その王にアッティラが選ばれた。

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「神の災い」「大王」の移動する帝国は
富と血を求め

小アジアを焦土にし
その後、東欧を蹂躙した。

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多くの都市が破壊され
多くの血が流された。

世界にとっての災厄は
東ローマを混乱に陥れ
それは滅亡への引き金となったが

逆に西ローマにとっては幸運の使者となった。

東欧に跳梁跋扈する新興勢力
イリュリア
マケドニア
ダキア
東西ゴート族は互いに連合し

西ローマ帝国東部戦線を苦しめたが
フン族の襲来によって
背後を突かれる形となり

ローマへの野心を捨てて
剣を置かざるを得なくなった。

ローマ皇帝ホノリウスはアッティラに使者を送った。

世界を敵に回した古き帝国と
世界を破壊せんとする新しき帝国

使者は思いの外歓迎された。

ローマの使者がアッティラに対し
金を差し出すと
その場で不可侵の約定が結ばれた。

東部戦線に束の間の平和が訪れると
皇帝は軍を西方へと向けた。
ヒスパニア再征服の始まりであった。
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Posted on 2016/06/26 Sun. 21:37  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第4夜 

現在ローマ帝国が戦っている蛮族のうち

例えば
ケルト人やゲルマン人などは

祖先達が戦い征服したかつての蛮族ではなかった。

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彼らはチェーンメイルを着込み
クロスボウを携え
ローマの叡智の結晶である投石機オナゲルを建造する技術すら持っているのである。

彼らは長きに渡るローマとの戦いによって
あるいは和平と友好によって
いくつかのローマの技術を己が物としてきたのである。

彼らはもはや未開の森の蛮人などではなく
組織化された王国の民であった。

それでも尚ローマ人には
文明世界の守護者としての自負があり

事実、この時代に於いても
その高度な文明と統制された軍団は、他に対して一線を画していた。

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410年夏
東西分裂以来、防戦一方であったローマ帝国に
初めて反撃の機会が訪れた。

ウェソンティオに攻め寄せたアラマンニ族の大軍を

国境守備隊と皇帝直属軍が撃破

皇帝直属軍は比較的損害が軽微であったため
今やアラマンニ族の拠点となっているアルゲントラトゥムまで攻め上り
そのまま占領した。

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歴史は動こうとしていた。

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Posted on 2016/06/20 Mon. 22:22  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第3夜 

AD404年秋

旧王国群の独立により
大陸領土の殆どを失った
東ローマ皇帝の一族はクレタ島に逃げ込み再起を図ったが

"サルマタイ"アラン族が海を越えてクレタ島へ侵入

20160529225115_1.jpg


ここに帝国の命運は潰えた。

この後アラン族はクレタ島を拠点に海路からイタリアへ幾度か侵攻したが

西ローマのシラクサ~レギウム~タレントゥムに至る要塞線は強固であり
侵攻はことごとく失敗

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そして幾度目かの失敗の後
地中海にまで勢力を伸ばしたポントスによってクレタ島が陥落

王を失ったアラン族は霧散した。

東ローマが滅亡した事で、
旧王国群やペルシャ連合の矛先は
西ローマへ向けられた。

今や世界の殆どがローマの敵となった。
防衛戦争は更に熾烈を極めた。

攻め寄せる敵に対して
西ローマは国境の防衛線を更に強化した。

国境の主要都市では防衛軍が増員され
都市は要塞化が進み
都市と都市は長大な要塞線を形成した。

各都市同士は互いに支援が可能であり
帝国の四方八方から同時に攻め込まれない限り
持ちこたえることができた。

これは
ブリタニアにあったハドリアヌスの長城の防衛思想を更に大きくしたものである。

加えて、皇帝はイタリアを守護する傍ら皇帝直属軍を遊撃隊とし
帝国各地の都市への援軍に奔走

今やローマ帝国の全てが
石と鉄と人で成る巨大な城であった。

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Posted on 2016/06/19 Sun. 22:11  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第2夜 

20160523002442_1.jpg

後の世に「神の災い」と呼ばれたその男は
遥か彼方の草原で生まれた。

世界は暗き冬へと向かい、破滅が胎動していた。


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AD400年

同じローマの血を分けた東の兄弟は
破滅の運命から逃れ得なかった。

豊穣なるシリアやエジプトを相続し
東西交易の要衝コンスタンティノポリスを首都とした東ローマであったが

フン族やアラン族といった遊牧民の侵入や、
サーサーン朝を中心としたペルシャ連合との戦争によって急速に疲弊。

帝国内の混乱に乗じて

ポントス
マケドニア
パルミュラ
エジプトといった旧王国群が次々に独立を宣言

帝国は風前の灯火となっていた。

西ローマでは同盟国である東に対する援軍が幾度か提案されたが

西は西で大量の敵を抱えており
資金的にも
物資、戦力的にも
東に割ける余裕などは皆無であり

実際には兄弟の衰弱を只、見守るのみであった。

祖先が征服した西の領地の大半と
東の兄弟の血を引き換えにして

西ローマは少しずつ、しかし確実に反撃の準備を整えつつあった。

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Posted on 2016/06/17 Fri. 00:09  edit  |  tb: 0   cm: 0  

【西ローマ】グランドキャンペーン第1夜 

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テオドシウス帝の死後、
ローマ帝国は東西に分かたれた。

穀倉地帯であるシリア、エジプトを支配し
また東西交易の要衝に位置する東ローマ

一方、永遠の都ローマを継承した西ローマは
度重なる異民族の侵入によって疲弊していた。

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我々は成し遂げねばならぬ。

再び世界を統一し
異民族を統制し
新たな千年帝国を建設するのだ。

輝けるローマの光が永遠に世界を照らすように…

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395年(分裂の年)から数年の後

帝国の東西分裂を引き金に
特に衰弱した西ローマを標的として

多くの異民族が牙を剥いた。

北はケルト人やノルマン人
南はアフリカ諸族
東はゲルマン諸族

異民族の猛烈な攻撃に対し
国境を放棄し撤退する帝国軍に

ブリタニア、東部ガリア、ダキア、イリュリア、次いでヒスパニアが独立を宣言

帝国に反旗を翻した。

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数年の内に
帝国の支配が及ぶ領域は半分以下に減少していた。

だがこれは
若き皇帝ホノリウスの戦略であった。

心臓を守るには時として
肋骨を差し出さねばならぬ。

彼は
アドリア海
ガリア西部
ピレネーの東
シチリア島、サルデーニャ島
アルプスの北と東を絶対国防圏として

主要な軍をそこまで撤退させ防衛線を構築
自らも剣をとって軍団を率いたのである。

撤退に撤退を重ね、士気が崩壊しかけていたローマ軍団の兵士達は
大いに奮い立った。

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Posted on 2016/06/15 Wed. 22:20  edit  |  tb: 0   cm: 0  

お知らせ 

なんとなく記事書き直そうと思って
ATW関連の過去数回分の記事を非公開にしています。

category: その他

Posted on 2016/06/15 Wed. 22:03  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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